私が泣いていると、どこからともなくアナがやってきて、ペロペロと舐めてくれます。泣いてる時は、目蓋のあたりをペロペロ。あまりのザラザラ感に哀しみに集中できず、涙が止まります。
私が怒っていると、アナは部屋中を走り回って暴れます。暴れまわって騒がしいので、怒りに集中できず、いつの間にかアナと追いかけっこしています。
私が、笑っていると、アナは「楽しそうね。アナはねスパーリングが楽しいの」と、キャットタワーでのスパーリング(ネコパンチごっこ)に誘います。そして、めでたく私は嬉しい流血の惨事。
私の喜怒哀楽に寄り添ってくれるアナ。ありがとう。
アナは私の姿が見えないことがとても不安。お風呂はおろか、トイレの時間も待てないくらい。(私のトイレタイムはとても短いんですけどね。)なので、トイレに入っていると、私も中に入れろとトイレの扉をネコパンチ。ガリガリと扉を引っ掻かないのが不思議。
アナはシャワーの音が大嫌い。でも、浴室と脱衣所の境の扉をあけると、シャワーの音に緊張したアナが待っています。もちろん、ゆっくり湯船に浸かるバスタイムはすっかりご無沙汰。トイレタイム同様、バスタイムもとても短い。目が合うと、アナはジャンプしてしがみついてきます。嬉しいけど、お風呂上りに流血の惨事。場合によっては、髪を噛み噛みしてのグルーミングでシャンプーの香りがアナの香りに早がわり。
猫はもっと自主独立で、ホモサピエンスとの関係はもっとサッパリしたものかと想像していましたが、アナは甘えんぼで、ベタベタです。 でも、それは、私が望んだ結果でもあると思っています。
私にとって、アナは最愛の存在であり、アナにとっても私は最愛の存在です。←キッパリ。
そんな最愛のアナに私ができる最大のアナ孝行は・・・アナの全てを見届けること。
その日がいつ来るのかは誰もにもわからない。ある日突然なのか、それともジワジワと覚悟を要求してくるものなのか、私にはわからない。
最愛の存在を旅立たせる、哀しみ、喪失感・・・辛いことは私が一手に引き受ける。アナに悲しい思い、不安な思いは決してさせない。だからね、アナ。アナはなんの心配もしなくていいんだよ。
瞬間、瞬間をアナが好きなように、思いっきりアナの猫生を楽しんでね。アナはお気楽、極楽、楽しいをいっぱい味わってね。アナの猫生にトコトン付き合うよ。
アナ、アナ、私の最愛のアナ。
ティッシュボックスにこっそりチッコしてるのに気づかなくて、鼻をかんだら、鼻の周りがアナのチッコ臭くなったけど、それも、チッコが出ないヨリ、ずっといい。
アナ、アナ、私の最愛のアナ。
私にお尻を向けて寝てる時のプーも、鼻がビックリして目が覚めちゃうけど、それも、お腹にガスが溜まるより、ずっといい。
アナ、アナ、私の最愛のアナ。
寝てる私の足を噛んでも、美味しくないよ。
アナ、アナ、私の最愛のアナ。
この先、1000年~、1万年~、1億年~、お互い体が透明になっても、ずぅ~っとずぅ~っと一緒だよ。

アナ:ナニ、感傷に浸ってるよ。ティッシュボックスのチッコ、ホールインワンだったでしょ。(反省の色なし)


